マンゴーの想い出

マンゴーをいただきました♡

とっても美味しかったですぅ。(感涙)

初めて貰って食べた時を思い出し、いっぱい嬉しい涙をしました♡

 

以前、国際力のことを書いた時に、カナダ人女性のyoutubeの話を書いたけれども、実はあの時視たのは、アイスの食べ方の違い だけではなく、実は、果物の食べ方 についても、カナダ人からみると(私の知っている限り、アメリカ人からみてもそうだと思う。)日本人はありえない食べ方をしているらしく、それは何かというと、皮(ピール)を剥いて食べる ということなのだそう。

 

つまり、カナダ人(私の記憶ではアメリカ人も)は、基本、果物の皮を剥かないで、皮ごと食べる。因みに私の記憶をたどると、アメリカで強烈だったのは、ケバケバの桃も、アメリカ人はジーンズの太ももでこすってから皮ごと食す。リンゴはマネできたけれど、郷に入れば郷に従えの私でさえも、さすがに桃だけは無理だったねぇ~。

 

しかも、youtuberの彼女によると、”皮が美味しいのに!”

 

そして、日本人から必ず言われる皮の農薬の問題。そんなの問題じゃないと彼女は言っていたけれど、実はリンゴについてですが、福岡市で試験をしております。http://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/26381/1/nouyaku.pdf (福岡市食品衛生検査所)

 

このデータをみますと、確かに農薬は果肉には検出されていなかったけれど(と言っても検体(n=検査したリンゴの総数)がたった3つ)、農薬の検出された検体の数とその果皮の(残留)農薬量を見ると、単位はPPM(100万分のどれだけか)ということで、この数字を多いと思う人は少ないと思うけど、まあ、この数字からどう判断するかということになるわけで、、、

私なら、健常な子供であれば、念のため皮を剥いて食べさせるだろうし、50過ぎた妊娠可能性ゼロの今の私の場合、皮に含まれる成分的なメリットを考えて皮ごと食べますなぁ。

 

ただ、無農薬・有機の果物であれば、基本、皮ごと食べる のが、健康にとってはもっともメリットのあることだと思いまーす。^^(勿論、桃も♡。ティーンエイジャーだったあの頃には無理だったことも、今の私ならキウイフルーツでさえも皮ごと食しますです。はい。)

 

でも、これはあくまで”健康”に視点を当てた食べ方であり、何より大切なのは、

 

喜びで食べること

 

だと思います。

 

あの怪しいおじさん、もとい、世紀のサイキックであったエドガー・ケイシー氏によると、たしか怒っている時に食べる食べ物はどんなものでも身体に良く作用しないらしいので、ネガティブな気分の時はいかなる食物も食べないことを推奨していたらしいから、とにかく、楽しく美味しく いただけるということが、科学的な成分うんぬんよりも、実は健康に一番大事なのではないかなと思うのです。

 

だから、他人がとやかく言おうが、

 

ご自身が美味しい♡と思う方法で食べればいいのではないかと思います。

 

ということで、皮ごと全部いただきました。(見栄えよく切りましたが・・・)

本当に美味しかったです。皮も美味なんですぅ♡ごちそうさまでした<m(__)m>

 

実はマンゴーをいただく(貰うという意味です。)のは、人生で2度目です。

そして、それには、本当に深い愛の想い出があります。

 

昔、TVで大食い選手権なるものが花盛りだった頃のことって、覚えていますか?

 

そんな番組で、いつも大食い選手達の決戦の舞台の一つとなっていたお店が、神奈川県の人口5万にも満たない小さな町、寒川町 にありました。

 

八方除けで有名な神社である寒川神社が鎮座するこの小さな知られざる町を、大食い選手権の舞台となったことで、一気に全国区にした伝説の食堂、

 

ラーメン・定食入澤。(以降 入澤 と略します。)

 

ここの名物の、毎年、100gだか200gだか増えていくと言われていた、ジャンボカツカレーは、直径50cmはあろうかという器に、はみださんばかりの、いえ、完全にはみ出しながら立体に盛り付けられ、高さも10cmはあったと記憶しているほどの凄まじい量で、厨房から運ばれる際は、軍艦マーチが店中に鳴り響き、お店の従業員と客の手拍子に乗って注文した人の所に、うやうやしく運ばれていたものです。

とにかく、想像を絶する量なので、その姿を見て、ギャラリーは皆楽しく歓声を上げ、盛り上がるのですが、オーダーした本人は大抵真っ青になって、見ただけで食欲を失い、完敗する人がほとんどで、でも時々それを一人で食べきる方もいらして、実に女子でも完食した強者がいました。そんな揚げ物併せて何キロもある食事を完食できる人が何故時々でもいるのか、、、勿論、食べる人の能力もあってのことですけど、それ以上に、入澤は一見”量”に見えるけれども、お米も契約農家から取り寄せた100%あきたこまちだったし、化学調味料は使わず、なるべく減農薬・有機野菜など、実は”質”も量以上にとても高かったからだと思うのです。

 

でも、そこの真の名物は、このジャンボカツカレーでもなければ、店の名前に入っているラーメンでもない、この店の主である

 

入澤のおばちゃん

 

その人でした。

 

そして、この入澤のおばちゃんこそが、私たち夫婦に、マンゴーを初めてくれた人だったのです。

 

人の縁とは誠に奇なもので、入澤のおばちゃんと私たち夫婦が仲良くなったきっかけというのは、実に不届き者のおかげなのだから、本当に人生って、何が良くて何が悪いのか、何を持って幸不幸とするのか、全くわからないものだとつくづく思います。

 

それは、いつものように、入澤で食事を堪能し、いつものように食べきれなかったおかずをつめてもらって、いざ店を出て車まで戻ると、何と、店の前の客用駐車場の駐車スペースに、きちんととめていた我が家の車の前をせき止めるかのように、駐車スペースで無い場所にどっかと大きなワンボックスカーがとまっていて、うちの車が出せない状態になっていたのでした。

 

とにかく、車が出せないことには帰れないから、きっと、入澤のお客さんだろうと思って、状況を店に伝えたら、入澤のおばちゃんが血相を変えて出てきて、なんと、お客さん皆に車を確認してくれたのだけれど、該当者なし。

 

当時、この駐車場は、入澤以外のお店として、別オーナーのスナックが隣にあって、そのスナックと入澤の共同駐車場になっていたことから、入澤のおばちゃんは、スナックのお姉ちゃん(?声的にはお兄ちゃんらしかった。あたりが暗くて不明。)にも声をかけてくれて、スナックをも巻き込んだ騒動になれど、該当者なし。

 

そうしたら、今度は入澤のおばちゃんは、なんと、自分の店で食事中のお客さんで、うちの隣に止めていた車のオーナーを発見し、その車を移動してもらうことで、我が家の車を出そうという試みを実行してしまったのです。そして、そのお客さんが口をもぐもぐさせながら店から出てきて、車のエンジンをかけたところで、あの不届き者ワンボックスカーの親子が公道から帰ってきたー。

 

とにかく、ワンボックスカーを移動してもらって、うちの車を出すことができたのだけれど、とんでもない迷惑がかかったうちの隣の車のオーナーさんはとっくに店に戻ってしまっていて、ろくすっぽお礼を言うこともできなかったものだから、入澤のおばちゃんに、その方にお食事中に立たせて申し訳なかったこと、感謝していること、くれぐれもよろしくと伝えてくださいと話してその場を後にしたのでした。(駐車場も大混雑だから、今度はうちの車が停車しているだけでも不届き者になってしまうので。)

 

私たちとしてはお礼を伝えたのは当たり前のことと思うのに、その後、おばちゃんはことあるごとに、あの駐車場問題を話しては、こんないい人たちはいないと何故かいたく私たち夫婦を気に入ってくださり、行くたびに、いろんな裏メニューをだしてくれるようになっていったのです。そして、それは裏メニューだけから+αと、本当にいろいろなものをいただきました。

 

揚げ物がメインの入澤で、恐らく メニューにない 焼きなす を食べたのは私たちだけではないでしょうかね。

これも、入澤のおばちゃんは、有機栽培のなすが手に入ったから焼いてくれたので(嫁に食わすながわかるほど美味でした)、有機のものは(私では)手に入らないから、焼きなすを家では絶対にするな と言われました。

 

そして、ある日は、レジでみたこともないくらい大きくて立派な白菜をまるごと1つ持たせてくれて、

 

「帰ったら新聞紙でぐるぐる巻いて、北に立てて置いておけば持つからね。」 と。

 

あれ以来、よっぽどのことがないと白菜はカットで買わなくなりました。だって言われた通りにしておけば、冷蔵庫に入れなくてもひと月は余裕で新鮮に持つから。

 

こんな調子で月日が経ち、ある年、今年のように夏の日照不足からお米が不作になるのではないかと囁かれていた年があって、いつものように、食事をしてレジに行くと、おばちゃんが、

 

その何年か前も不作で、中国産米やらインディカ米が市場に出回った時があったので、

「今年は米不作になるって言われているでしょう。もし不作になっても外で買っちゃいけないよ、売っているのは外国産だったり古いお米だから。その時はうちが分けてあげるからね。でも、たぶん不作にはならない。昨日、車(おばちゃんは飛ばし屋だった。オペルのワゴンに乗っていた。)で東北3県回ってきたけど、穂がたわわになっていたのをみてきたから。」

と話してくれました。

 

おばちゃんの食堂維持の情熱を知った出来事でした。

 

入澤のおばちゃんは、心の底から、お客さんが皆、健康でいて欲しかったように思います。

だから、上記のように食材は本当にこだわっていました。

ご子息から、よく採算のことを言われるとぼやいていました。

どちらがいい、悪いではない。どっちもわかる。

ただ、おばちゃんは、皆に、いいものをなるべく安く、おなかいっぱい食べて元気でいて欲しかった のだと思うし、実際、そう聞いたし、態度・行動からもそれがにじみ出ていた。。。本当に嘘偽りなく、そのために心血を注いでいたのを私は知っています。

 

入澤のごはんが、美味しかったのは、食材や調理法だけではない、おばちゃんのお客さんへの愛がいっぱいつまっているからなの。

 

そのうち、大食い選手権などTVのロケが入澤で行われるようになり、そんなある日、おばちゃんは、うちのテーブルに来て、本当に困り果てた顔をしてこう語ったのでした。

 

「この前、TVのロケでうちの料理を ロッコツマニア というお笑い芸人に食べてもらったんだけど、食べきれなかったら、ディレクターがわたしにハリセンでそのうちの一人をたたけって言うんだよね。わたしはそんなことできないってやらなかったの。だって、うちの料理を食べてくださるお客さまをたたくなんて、そんなことできないよね。」

 

人間としての在り方を教わった気がいたしました。

 

その後、私たち夫婦は横浜に越して、入澤に行ける頻度が少なくなってしまいました。

それと同じくして、私の持病である脳脊髄液減少症(当時はまだ診断されていなかった)は、急坂を転がり落ちるように益々悪化して行き、なんとか小康状態となったある夏、入澤に出向くと、何か雰囲気がずいぶんと変わっていました。

 

あれっ?今日は、おばちゃんは?

 

と昔からおばちゃんの右腕のように働いていた小柄なスタッフのおばさんに尋ねると、ぎょっとされ、

 

「え、知らなかったんですか。亡くなったんですよ。あの人ね、なんか調子悪い、調子悪いって言っていたら、2週間くらいでね。まあ、あの人もいませんが、またごひいきに来てくださいね。」

 

本当にショックで声も出なかった。

私、一番お世話になった人に、御礼も伝えられなかった んです。

 

その後も何度か行ったけれど、どんどん気(エネルギー)が変わっていき、そんなに時間が経たないうちに、私と年の差があまりなかったはずの跡取りのご子息さまも急逝されてしまい、あの ラーメン・定食入澤は店を閉じてしまいました。

 

だから、私は死んだら、真っ先に、入澤のおばちゃんに会いたい。

 

マンゴーを見ると、入澤のおばちゃんを思い出し、いっぱいいただいた愛に本当に感謝の気持ちでいっぱいになるのでした。